記事一覧

日米構造協議と米国側の対応その2(貿易摩擦シリーズ)

 日米構造協議と米国側の対応

・企業の投資活動と生産力

 日本側は米国側の投資活動は長期的な視点で行われておらず、生産力増大のための投資を怠っているという主張であった。

 1989年4月に米国ブーン社のピケンズ会長によって、トヨタ自動車系列の部品メーカーである小糸製作所の発行済み株式の20.2%を取得し、トヨタ自動車の19.0%を上回り筆頭株主になったものの、ピケンズ側から経営参加を求めて役員派遣を要請しましたが小松製作所側はこれを拒否しました。

 ピケンズはこの対応を日本の閉鎖性の象徴だとして米国議会や日米両政府に訴えました。もっとも、ピケンズはグリーンメイル(企業乗っ取り)行為を目論んでいたとされ、いずれトヨタ自動車に高値で株式を売却するものと考えられていました。

 結局トヨタ・小糸側は「実力を上回る株価で買い取るのは株主への背信行為になる」と譲歩せず拒絶。その後法廷闘争を経て、ピケンズは麻布自動車グループに株式を売却して撤退しました。

 このような短期的な目線で行われることが多かった米国の投資活動に問題があり、長期的視点での投資が必要でした。

 1990年2月に米国側は日米構造協議の場で、自動車部品企業が直面する日本市場での販売障壁の改善策を提示しました。当時、米国の新車市場は1989年から3年連続で減少しており、自動車産業は経営不振に陥っていました。

 これらの問題から1992年1月になると、ジョージ・ブッシュ大統領はビッグスリー(GM・フォード・クライスラー)の代表と共に来日し、米国からの部品購入問題などが宮澤喜一首相との首脳会談で取り上げられました。

 会談後には、部品購入の努力目標を掲げた「東京宣言」が発表されました。部品購入を抑制していた背景には、自動車産業では完成品である新車を生産するための部品調達を国内で行うか海外から輸入するかの選択肢があり、当然海外から輸入した場合は自前で部品供給するよりもコストがかかり利益率が下がってしまいます。

 また、トヨタ自動車やトヨタ関連企業(デンソー・アイシン精機・トヨタ紡織など)に代表される、自前で部品を製造することで完成車までのコストを削減し、さらには海外の自動車会社などに部品を輸出することで部品メーカーとして利益を積み上げることが出来ました。

 その後日本の自動車会社は相次いで米国現地工場を立ち上げ、現地で部品を調達し現地の従業員を雇用することによって貿易摩擦の緩和が進んでいきます。

関連記事


コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Air130

Author:Air130

おすすめチャートツールのご紹介

 

業界最多レベル、 84通貨ペアでグローバルFX!

 

楽天西友ネットスーパー

お勧めワインショップ

ENOTECA Online(ワイン通販 エノテカ・オンライン)

食事での糖質が気になる方へ

免責事項

※投資は自己責任です。          当ブログは個人的見解を掲載してるものであり、売買を推奨するものではありません。

来場者